Leipzig Tourismus und Marketing GmbH

Augustusplatz 9, D-04109 Leipzig
 
Stand / Druckdatum: 09.12.2016

Grassi Museum für Musikinstrumente | Leipzig Tourismus und Marketing GmbH

 

 
 
 
 
 
 
 
 
   
本日の最低料金
 
 
 
 
観光案内~ライプツィヒ発見    音楽    グラッシィ楽器博物館
 

グラッシィ楽器博物館
Grassi Museum für Musikinstrumente

クリストフォリ展示室
グラッシィ博物館は楽器博物館・工芸美術館・文化人類学(民族学)博物館からなる複合施設で、建物自体が数少ないワイマール共和国時代のアール・デコ様式博物館建築としての希少価値を有します。内部のライプツィヒ大学附属楽器博物館は、ドイツ最大・ヨーロッパ第2の規模を誇る世界でも有数の音楽文化コレクションです。ここにはヨーロッパのものを中心とした16世紀から現代までの楽器約5,000点が収蔵されており、楽器の進化から音楽史を追ってゆく「完璧なる響きを求めて」という常設展が眼と耳を同時に楽しませてくれます。1929年にグラッシィ博物館の楽器部門となった当館の歴史は、1886年にオランダ人出版者パウル・デ・ヴィットが自ら演奏を聴かせるための古楽器館を開設したことに始まりました。現在では見学者自らがいくつかの楽器に自由に触れ、実際に演奏することができます。

所蔵品の中でも特に重要なものはドメニクス・ピサウレンシスが1542年に製作したクラヴィコード、そしてピアノを発明したバルトロメオ・クリストフォリが1726年に製作したピアノで、前者は現存世界最古にあたり、後者は世界で3台しか現存しないうちの原形のまま残された1台という大変貴重なものです。クリストフォリ製作が証明されている鍵盤楽器は世界に9台残るのみといわれ、そのうち5台が当館所有であることも特筆に価します。また巨匠ジルバーマンとその弟子ヒルデブラント製作のパイプオルガンは定期的にその音色が披露され、1929年製造の大掛かりなシアターオルガンも修復を終えて60年ぶりに館内ホールへと戻ってきました。その他、コレクションの中にはアジア・アフリカ・アメリカの珍しい楽器約300点も揃います。

博物館の中庭を進んだ奥には、かつて市の中央墓地であった旧ヨハニス墓地(Alter Johannisfriedhof)が広がります。古代遺跡のような雰囲気を持つ緑濃いその敷地には、ライプツィヒ出身の作曲家リヒャルト・ワーグナーの母ヨハンナ(1778~1848)と姉ロザリー(1803~1837)、彼の師事したトーマス教会音楽監督テオドール・ヴァインリヒ(1780~1842)らの墓碑があり、見学することができます。
 
 
 
 
 
所在地
Johannisplatz 5–11, 04103 Leipzig
(中心街のアウグストゥス広場 Augustusplatzより徒歩5分)

最寄り停留所
► Johannisplatz(ヨハニスプラッツ):路面電車4・7・12・15号線

開館時間
火~日曜10:00~18:00
月曜休館

入館料
一般(常設展):5ユーロ
その他、各館共通券や割引あり
16歳以下無料
(毎月第1水曜は無料開館)

旧ヨハニス墓地
3~10月:毎日10:00~18:00
11~2月:毎日10:00~16:00
見学無料
※博物館休館日は左右のトイプヒェン通り(Täubchenweg)・プラハ通り(Prager Straße)沿いの扉からのみ入場可

お問合わせ先
Tel.: +49 (0)341-9730-750
Fax: +49 (0)341-9730-759
http://mfm.uni-leipzig.de
 
 
■寄り道情報








グリーグ記念室
Grieg-Begegnungsstätte

グラッシィ博物館の周囲にはメンデルスゾーン旧宅シューマン旧宅に加えてグリーグ記念室がある。これは音楽出版社ペータースの本部の置かれている建物で、ノルウェーを代表する作曲家の一人、エドヴァルド・グリーグ(1843~1907)はライプツィヒ音楽院に学び、その間にペータースと楽譜出版契約を結んだ。出版社所有者とは良き友人となり、それゆえ生涯にわたるライプツィヒ訪問の度にここに滞在した。「朝」「山の魔王の宮殿にて」の旋律で名高い『ペール・ギュント 第1組曲』もこの建物内の書斎で1888年に創作された。「グリーグに出会う場所」である記念室では、彼の生涯と作品に光を当てる簡単な展示のほか、滞在中に新曲をお披露目したという音楽サロンを見学することができる。

所在地
Talstraße 10, 04103 Leipzig

グラッシィ博物館から南へ伸びるタール通り(Talstraße)沿い。徒歩3分。
玄関で「E. Grieg e.V.」という呼び鈴を鳴らして入り、玄関ホールを直進して一度外に出、左奥の扉から階段を上る。

開館時間
火~金曜14:00~17:00
土曜10:00~14:00
日・月曜・及び祝日休館

入館無料

お問合わせ先
Tel.: +49 (0)341-9939661
Fax: +49 (0)341-2171383
http://www.edvard-grieg.de
 
 
 
 
※位置はグラッシィ楽器博物館

大きな地図で見る
 
 

◆ライプツィヒ物知り事典6

ライプツィヒ大学
Universität Leipzig

1917年頃の大学校舎(右端がパウリナー教会)
1409年創立のライプツィヒ大学はハイデルベルク大学に続いてドイツで2番目に古い大学(*注)で、市の歴史や文化的発展にとって重要な意味をなしてきた。その設立にはドイツという国家の祖先となる大国・神聖ローマ帝国内の名門であったプラハ大学(1348年創立)における大学改革が大きくかかわっている。帝国内ボヘミア(チェコ)地方のプラハ大学には多くのドイツ地方出身の教師・学生がいたが、チェコ人優遇政策がとられたことによってドイツ人たちがプラハを去ることとなり、それに伴って当時から発展していた商都ライプツィヒに彼らの受け皿となる新たな大学が創設されたのだった。

(*注)少々ややこしいが、これは現在のドイツ国土において創立から現在まで途切れることなく存続してきた大学という意味。ドイツ語が公用語の一つであった神聖ローマ帝国全体で見るならばプラハ大学やウィーン大学がより古く、創立後に一度廃校になった大学を含めるならばケルン大学やエアフルト大学といったライプツィヒよりも古い創立年を持つ大学が存在する。いずれにせよ、ライプツィヒ大学を「ハイデルベルク、ケルンに続く3番目に古い大学」とするのは不適。

その後のライプツィヒの隆盛は大学の発展と常に共にあり、多くの歴史上の人物が学生または教師としてこの街に集まった。著名な学生にはゴットフリート・ライプニッツ(現在のアウグストゥス広場キャンパスの中庭には彼の銅像がある)、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ、アウグスト・フェルディナント・メビウス、レオポルト・フォン・ランケ、フリードリヒ・ニーチェ、フェルディナン・ド・ソシュール、エミール・デュルケーム、エーリッヒ・ケストナーが挙げられ、18世紀中盤にはドイツ啓蒙主義のひとつの中心をなした。音楽家ではゲオルク・フィリップ・テレマン、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ、ロベルト・シューマン、リヒャルト・ワーグナーがここで学び、テレマンが結成した市民楽団「コレギウム・ムジクム」など学生たちはこの地の音楽文化を充実させたほか、大学附属のパウリナー教会ではヨハン・セバスチャン・バッハやフェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディが自らの作品を演奏した。
 
 
現在のアウグストゥス広場キャンパス
その他ゴットホルト・エフライム・レッシング、ヴィルヘルム・オストヴァルト、ヴェルナー・ハイゼンベルク、ここに世界初の心理学実験室を開設したヴィルヘルム・ヴント、そして日本における『ベルツの日記』で知られるエルヴィン・フォン・ベルツ、現代哲学の巨人ハンス・ゲオルク・ガダマーらが教鞭を執り、日本からは森鷗外・近衛篤麿・三好学・朝永振一郎らが最新の科学を求めて留学した。東ドイツ時代には政治思想に合わせて「カール・マルクス大学」と改称され、学部組織も再編された。パウリナー教会は第二次大戦の空襲を免れたが大学教会そのものが社会主義の理念にそぐわぬとされ、1968年に政治パフォーマンスとして爆破解体されるという信じ難い事件も起こった。2005年にドイツ史上初の女性首相となったアンゲラ・メルケルはここで物理学を専攻し、在学中にはモーリッツ要塞の発掘にも参加した。

東西ドイツ統一後に旧名に復した大学は2009年に創立600周年を迎え、ヨーロッパ有数の名門としてさらなる発展を続けている。バッハ博物館を擁するバッハ資料財団やグラッシィ楽器博物館も同大の附属機関であり、ライプツィヒ大学は総合大学として音楽研究の分野においても重要な拠点となっているほか、大学合唱団・管弦楽団らによる活動はライプツィヒの音楽文化の一翼を担う。パウリナー教会も現代建築での再建が始まり、宗教・芸術・科学の垣根を越えた交流の場となることが期待されている。