Leipzig Tourismus und Marketing GmbH

Augustusplatz 9, D-04109 Leipzig
 
Stand / Druckdatum: 07.12.2016

Altes Rathaus - Stadtgeschichtliches Museum | Leipzig Tourismus und Marketing GmbH

 

 
 
 
 
 
 
 
 
   
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観光案内~ライプツィヒ発見    歴史    旧市庁舎・ライプツィヒ市歴史博物館
 

旧市庁舎・ライプツィヒ市歴史博物館
Altes Rathaus - Stadtgeschichtliches Museum Leipzig

マルクト広場と旧市庁舎・王侯館
ライプツィヒ市街の中心に位置するマルクト広場(Markt)はマルクト(=市場)の名の通り、毎週火・金曜には青物市が立ち、クリスマス市やイースター市といった行事の際はそのメイン会場となります。石畳の中央にはライプツィヒ市章の描かれた敷石モザイクがあり、広場を囲むように旧市庁舎、その向かって左手には日時計が目印の旧計量所(Alte Waage)、右手にはかつて各ザクセン君主・ピョートル大帝・ナポレオンなどが宿泊した黄土色の外壁の王侯館(Königshaus)が並びます。

旧市庁舎は、1556~57年に当時の市長ヒロニムス・ロッターによって市政の場として建設され、以来ライプツィヒの市民自治の象徴となります。ドイツ・ルネッサンス建築で最も美しい建造物に数えられ、重苦しい空気漂う旧地下牢から上階の壮麗な式典広間(Festsaal)、そしてバロック様式の庁舎塔の先端の装飾まで、建物自体がライプツィヒ史の奥深さを生き生きと物語ります。1905年に新市庁舎にその役目を譲り、第二次大戦では屋根部分が損壊したものの、市民の熱意によって戦後元通りに修復されました。
 
 
館内のバッハ肖像画(1746)
ライプツィヒ市歴史博物館は、旧市庁舎・諸国民戦争記念碑シラー旧居などから構成されるドイツ最大級の複合型文化史博物館です。その中核となる旧市庁舎はライプツィヒの「自己紹介」の場であり、内部では千年にわたる市の歴史についての常設展が行われています。階段を上った第一上階では、1,100点の展示物を通して先史から1813年の諸国民戦争(ライプツィヒの戦い)に至るまでの各時代が紹介されます。市参事会の使用した政務室(Ratsstube)では、1723年5月5日にヨハン・セバスチャン・バッハがトーマス教会音楽監督の契約書に署名しました。その際に使用した円卓は現在もそのまま展示されています。そして世界で唯一、彼自身の姿と証明されている原物肖像画も館内にあります。その他宗教改革やバロック文化の栄華といったテーマにも触れられ、また旧地下牢も定期的に公開されています。

諸国民戦争に続く近代工業化から現代までの常設展は第二上階にて新設され、2011年12月に公開が始まりました。ここでは8つの時代区分の下に、ライプツィヒがいかにして近現代史を歩み、現在の姿に至ったかが紹介されます。それに加え、「通商市(メッセ)の街」「書籍の街」「音楽の街」「スポーツの街」という、ライプツィヒの多彩な側面を知ることができる4つのテーマ史展示室が設けられています。旧市庁舎内の博物館は、この街をめぐる音楽・バッハ・見本市といった個別のキーワードがどのように関連し、影響しあってきたかについて学ぶことのできる、ライプツィヒをより深く知り、楽しむための絶好の場となっています。

また、そこから歩いて数分の新館(Neubau / 所在地:Böttchergäßchen 3, 04109 Leipzig 開館時間:旧市庁舎と同じ)では多彩な特別展が催され、常設展とは違ったライプツィヒの歴史・文化の一面を知ることができます。
 
 
 
 
 
所在地
Markt 1, 04109 Leipzig
(中心街)

最寄り停留所・鉄道駅
► Markt(マルクト):バス89番
► Leipzig Markt(ライプツィヒ・マルクト):都市鉄道(Sバーン)各線

開館時間
火~日曜・及び祝日10:00~18:00
祝日を除く月曜休館

入館料(旧市庁舎)
一般:6ユーロ
割引:4ユーロ
18歳以下無料
(毎月第1水曜は無料開館)

お問合わせ先
Tel.: +49 (0)341-9651-320
Fax: +49 (0)341-9651-352
http://www.stadtgeschichtliches-museum-leipzig.de (一部日本語あり)
 
■寄り道情報■

旧交易会館
Alte Börse

旧市庁舎の裏手にある白い外壁のバロック建築物は旧交易会館という。商都ライプツィヒにおける商人たちの集会所として1687年に完成し、商談や取引の場となってきた。現在では室内楽や文学などのサロンとなる。ゲーテ像の立つ会館前のナッシュマルクト広場(Naschmarkt)は、夏は広場いっぱいのカフェテラスが賑わいを見せ、クリスマス市の時期には中世風の屋台が並び幻想的な風情に包まれる。
 
 
 
 
 
 
 

◆ライプツィヒ物知り事典8

ライプツィヒ小史 年表

この街の千年の歴史を振り返れば、ライプツィヒが幾度も世界的出来事の舞台となり、ここで芸術や文化が花開き、また日本とも縁が深いことが見えてくる。
 
 
―中世―
7世紀~ スラヴ系ソルブ人による城塞集落の形成
1015 「リプツィ城(urbs Libzi)」の名で古文書初出
   
  ―神聖ローマ帝国マイセン辺境伯領―
1165(頃) 都市法・市場法の授権によって都市成立 /
ニコライ教会 創建
1212 トーマス修道院 創建(トーマス教会・学校・少年合唱団の母体)
1409 ライプツィヒ大学 創立
   
  ―神聖ローマ帝国ザクセン選帝侯領(ザクセン公国)―
1458 クリスマス市の開始
1481 書籍出版の開始
1497 神聖ローマ皇帝勅令によってライプツィヒの定期市が帝国通商市(メッセ)へと昇格
 
 

―近世―
1519 ライプツィヒ討論:マルティン・ルター、カトリック教会と決別
1525 アウアーバッハス・ケラー 開業
1539 ルター、ニコライ教会・トーマス教会で説教:ライプツィヒの
プロテスタント化の始まり
1557 旧市庁舎 竣工
1632 リュッツェンの戦い(三十年戦争中の会戦):スウェーデン国王
グスタフ2世アドルフ、戦死
1646 ゴットフリート・ライプニッツ 生誕
1650 世界初の日刊新聞「新着時報」 発行 /
ライプツィヒ出身の外科医カスパル・シャムベルゲル、江戸参府
1693 市立音楽劇場 開設(現・ライプツィヒ歌劇場
1701 ゲオルク・フィリップ・テレマン、楽団コレギウム・ムジクムを
結成
1719 世界初の音楽出版社ブライトコプフ 創業
1720 カフェ・バウム 開店
1723 ヨハン・セバスチャン・バッハ、トーマス教会音楽監督に就任
1727 バッハ作曲・指揮『マタイ受難曲』、トーマス教会にて初演
1743 大音楽会(現・ゲヴァントハウス管弦楽団) 結成
1765 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、ライプツィヒ大学に入学
1781 初代ゲヴァントハウス・コンサートホール 開場
1785 フリードリヒ・シラー、『歓喜に寄す』を創作
 
 

―近代―
  ―ザクセン王国―
1813 リヒャルト・ワーグナー 生誕 /
諸国民戦争(ライプツィヒの戦い)
1819 クララ・ヴィーク(クララ・シューマン) 生誕
1834 ロベルト・シューマン、「音楽新報」を創刊
1835 フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ、ゲヴァントハウス楽長に就任
1839 ライプツィヒ~ドレスデン間にドイツ地方初の長距離鉄道
開通
1843 メンデルスゾーン、ライプツィヒ音楽院(現・メンデルスゾーン音楽演劇大学)を創立
1853 ユリウス・ブリュートナー、ザクセン宮廷ピアノ製造工場を創業(現・ブリュートナー社)
1863 全ドイツ労働者協会 発足(現・ドイツ社会民主党)
1867 レクラム文庫 創刊 /
カール・マルクス『資本論』初版印刷
   
  ―ドイツ帝国―
1876 ライプツィヒ大学医学部教授のエルヴィン・フォン・ベルツ、お雇い外国人として来日
1878 ライプツィヒ動物園 開園
1879 ヴィルヘルム・ヴント、ライプツィヒ大学に世界初の心理学実験室を開設
1880 ライプツィヒ書誌学研究所編纂による「ドゥーデン・ドイツ語辞典」初版発行
1881 ライプツィヒの農芸化学者オスカル・ケルネル、お雇い外国人として来日
1884 森鷗外、ライプツィヒ大学に留学 /
2代目ゲヴァントハウス・コンサートホール 開場
1895 世界初の「見本市」開催
1898 ライプツィヒ商科大学(ドイツ初の商科大学) 創立
1900 ドイツサッカー連盟 発足
1901 瀧廉太郎、ライプツィヒ音楽院に留学
1908 バッハ音楽祭 初開催
1912 ドイツ国立図書館 設置
1913 諸国民戦争記念碑 落成
1915 ライプツィヒ中央駅 開業
   
  ―ワイマール共和国―
1924 ライプツィヒ放送交響楽団(現・中部ドイツ放送交響楽団) 創設
   
  ―ナチスドイツ―
1933 国会議事堂放火事件裁判、帝国最高裁判所にて行われる
1936 市内のメンデルスゾーン像がユダヤ系音楽家であることを理由に撤去
1943-44 第二次世界大戦の空襲による大規模な被災
 
 

―現代―
 ―ドイツ民主共和国(東ドイツ)―
1950バッハ資料財団(バッハ・アルヒーフ) 設立
19536月17日事件(東ドイツ各地で発生した反体制大衆暴動)
1961ゲヴァントハウス管弦楽団 初来日
1968ライプツィヒ大学パウリナー教会 爆破解体事件
1970クルト・マズア、ゲヴァントハウス楽長に就任
1972ライプツィヒ大学ビル(現・シティー・ビル) 竣工
1975トーマス教会少年合唱団 初来日
1981現(3代目)ゲヴァントハウス・コンサートホール 開場
1989東ドイツ平和革命、ニコライ教会から始まる
  
 ―ドイツ連邦共和国(統一ドイツ)―
1996新見本市会場 竣工
2002ポルシェ社ライプツィヒ工場 開設
2005BMW社ライプツィヒ工場 開設 /
新見本市会場でFIFAワールドカップ・ドイツ大会の組み合わせ抽選会
2006FIFAワールドカップ・ドイツ大会:旧東ドイツ唯一の開催都市として中央競技場で5試合開催
2008DHL社、グローバル・ハブ(ヨーロッパ拠点)をライプツィヒに移転
2012トーマス教会・学校・少年合唱団800周年
2013ワーグナー生誕200周年 /
諸国民戦争200周年・諸国民戦争記念碑建造100周年
2015ライプツィヒ千年祭
 
都市授権書
 
トーマス教会・ルターのステンドグラス
 
1740年頃の市街
 
初代ゲヴァントハウス・コンサートホール
 
リヒャルト・ワーグナー
 
1917年のマルクト広場
 
空襲で破壊された中央駅(1944年)
 
東ドイツ時代の見本市開催の模様
 
バッハとトラバント
 
アウグストゥス広場・東ドイツ平和革命
 
レッドブル・アレーナ(中央競技場)