Leipzig Tourismus und Marketing GmbH

Augustusplatz 9, D-04109 Leipzig
 
Stand / Druckdatum: 09.12.2016

Leipziger Baumwollspinnerei | Leipzig Tourismus und Marketing GmbH

 

 
 
 
 
 
 
 
 
   
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観光案内~ライプツィヒ発見    美術    旧紡績工場シュピネライ
 

旧紡績工場シュピネライ
Leipziger Baumwollspinnerei

シュピネライは市街西部プラークヴィッツ(Plagwitz)地区にある旧紡績工場で、内部に多数の工房やギャラリーを擁し、今やヨーロッパ中から注目される現代文化・芸術の発信基地となっています。

施設の歴史は1884年にライプツィヒ紡績工場株式会社が操糸場の建設を開始したことに始まり、その規模は四半世紀のうちにヨーロッパ大陸最大の綿花の紡績工場にまで発展してゆきます。100年以上にわたる操業を経て1992年にその役目を終えるものの、多数の労働者住宅・緑地・そして専用の幼稚園までも備えたこの〝街〟にはやがて若いアーティストたちが次々と住みつき、いつの間にか100以上のアトリエが並ぶ芸術村となりました。現在ここには10ヶ所以上のギャラリーと展示空間、多くの芸術家の工房が置かれ、共有のイベントスペース「ハレ・フィアツェーン(HALLE 14 =第14ホール)」を加えた世界でも類のない〝芸術の小宇宙〟が形成されています。ここには「新ライプツィヒ派」の多くがアトリエを構えており、彼らの生み出す美の拠点として音楽の街とは全く異なるライプツィヒの表情を見せています。


プラークヴィッツ地区はこの他にも、メインストリートとなるカール・ハイネ通り(Karl-Heine-Straße)の西半分(停留所フェルゼンケラー Felsenkeller以西)を中心に廃工場や空き家を利用した個性的なショップやカフェ、ギャラリーなどが点在し、それらに気ままに立ち寄ってみるのも楽しいものです。
 
 
所在地
Spinnereistraße 7, 04179 Leipzig

最寄り停留所・鉄道駅
► S-Bf. Plagwitz(エスバーンホーフ・プラークヴィッツ):路面電車14号線
(中央駅からの場合:駅前停留所4番ホームよりよりS-Bf. Plagwitz行き、10番目の停留所<終点>。所要時間約19分。下車後、教会脇の高架をくぐりY字路を左折。徒歩5分。)
► Leipzig-Plagwitz(ライプツィヒ・プラークヴィッツ):都市鉄道(Sバーン)S1号線

入場料・時間等はそれぞれのギャラリーや展覧会によって異なる

お問合わせ先
Tel.: +40 (0)341-4980-200
Fax: +49 (0)341-4980-375
http://www.spinnerei.de
 
 
 

◆ライプツィヒ物知り事典12

グリュンダーツァイト建築
Architektur der Gründerzeit

ヴァルト通り地区
ライプツィヒには「グリュンダーツァイト(Gründerzeit)」と呼ばれる19世紀後半(~20世紀初頭)に造られた建築物が数多く残り、量においても質においても国内一を誇る。グリュンダーツァイトとは狭義には1871~73年を、広義には1850~1914年を指すヨーロッパ経済の目覚しい発展期。1871年にドイツ地方の諸邦分裂時代が終わり、統一国家「ドイツ帝国」が成立すると、新ドイツは産業革命以来の時代の趨勢の下で空前の好景気に沸いた。こうして訪れたグリュンダーツァイトは諸産業の発展によって様々な新会社が次々と起こされては消えていった時代で、それゆえ「泡沫会社乱立期(- 乱立時代)」「会社設立ブーム」などと和訳される。

好況と人口増加によって街並みにも煌びやかな建築物が続々と登場する。ライプツィヒには現在まで随所にこの時代の建物が残り、市内にある15,672件の文化財指定建築物のうち、グリュンダーツァイト期のものが8割を占める。中でも市街西部のヴァルト通り(Waldstraße)を中心に広がる集合住宅街、通称「ヴァルト通り地区(Waldstraßenviertel)」は、ドイツに現存する最大規模のグリュンダーツァイト建築地区として大変価値が高い。地区内1,500,000平方メートル以上にわたって並ぶ845棟もの後期新古典主義・歴史主義・アールヌーヴォー様式の諸邸宅がそれぞれの美しさを競い合い、その様式美はヨーロッパ中を探しても他に比べるものを持たない。人々の思い描く「ヨーロッパの街並み」がここには整然と広がっている。商都としてますます繁栄を遂げたグリュンダーツァイト期のライプツィヒにはユダヤ系商業者たちが大量に移入し、それゆえ同時期に開発されたヴァルト通り地区にはユダヤ人が多く入居することとなった。ここはドイツ社会が後に反ユダヤ化するまで、ドイツ人とユダヤ人の共存する場所でもあった。ユダヤ系作曲家グスタフ・マーラーもライプツィヒ歌劇場監督時代の1887~88年にこの一角に住み、ここで最初の交響曲、後の『交響曲第1番「巨人」』を作曲した(余談だが、曲名の由来となる小説『巨人』を著した作家ジャン・パウルもライプツィヒ大学に学んだ)。マーラー旧宅は現存し、外観を見学することができる(所在地:Gustav-Adolf-Straße 12, 04105 Leipzig)。その程近くにはユダヤ文化交流施設「アリオヴィッシュ館(Ariowitsch-Haus)」も置かれている(所在地:Hinrichsenstraße 14, 04105 Leipzig / 公式サイト:http://www.ariowitschhaus.de)。
 
 
旧ザクセン毛糸工場

ヴァルト通り地区から西のエルスター遊水池(Elsterbecken)を渡ったさらに先にあるプラークヴィッツ(Plagwitz)地区は、グリュンダーツァイトという時代の大規模な産業発展を今に伝える場所だ。ここは元々農村だったものが19世紀後半に当地の企業家カール・ハイネによってドイツ地方初となる工業用「計画都市」として開発され、瞬く間にドイツ有数の近代工業地帯となった。全域にわたって大規模な工場群・労働者住宅・工場所有者の壮麗な邸宅・地区を縦横に貫く運河や軌条が建設されたほか、各工場や倉庫を貨物鉄道によって結ぶ輸送システムもドイツ地方で初めて導入された。カール・ハイネの名は現在の地区内の通りと運河の名称として残されている。

地区東端の旧ザクセン毛糸工場(Sächsische Wollgarnfabrik)の大規模建築群(所在地:Nonnenstraße 19, 04229 Leipzig)は総敷地面積50,000平方メートル、今日に残るドイツ最大の産業遺産・ヨーロッパ最大のグリュンダーツァイト期の工場群で、レンガ造りの堂々たる姿を見せる。現在はその広さと天井の高さを生かした住居として改装されて独特の個性を放ち、かつて貨物船が行き来した周囲の川と運河は市民に人気の憩いの場となっている。そして地区西端にはかつてヨーロッパ大陸最大の規模を誇った旧紡績工場シュピネライがあり、こちらにも産業建築群がそのまま残されている。東西ドイツ統一後、シュピネライは現代美術・創造産業の新たな「製造地」へと生まれ変わった。プラークヴィッツ地区は通称「西部文化(Westkultur)地区」として地区全体にギャラリー・博物館・小劇場など多種多様な文化拠点を有し、ライプツィヒでも現在進行形で変遷を遂げている場所として特に注目を集めている。