Leipzig Tourismus und Marketing GmbH

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Stand / Druckdatum: 09.12.2016

Mädler Passage | Leipzig Tourismus und Marketing GmbH

 

 
 
 
 
 
 
 
 
   
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観光案内~ライプツィヒ発見    歴史    メードラー・パッサージュ街
 

メードラー・パッサージュ街
Mädler Passage

メードラー・パッサージュ街は、ライプツィヒの持つヨーロッパ有数の商都の歴史を象徴する場所です。ミラノの「ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア」を手本に建設され、全長は約140メートル、ドイツ国内のパッサージュ建築史上の代表例かつ最大のものです。中世より商業が発達したライプツィヒには、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世が1497年と1507年、帝国内で最初に「メッセ(Messe)」と呼ばれる帝国通商市(いち)の開設権を与え、大規模な定期市における現物売買(現物市)が行われるようになりました。やがて1895年にはそれに代わる見本取引(見本市)世界で初めてライプツィヒで創設され、「メッセ」という言葉はこれ以降現在使われる「見本市」という意味となります。メードラー・パッサージュ街も1912~14年に当地の商業家アントン・メードラーが見本市会場のひとつとして建設したもので、東ドイツ時代まで開催の度に各階で様々な商取引が行われてきました。

地下にはライプツィヒを代表する老舗レストラン「アウアーバッハス・ケラー」があります。その起源はメードラー・パッサージュ街よりもずっと古く、16世紀に市参事会員及びライプツィヒ大学医学部教授と学長を歴任したハインリヒ・シュトローマーという名士へと辿り着きます。出身地アウアーバッハ(オーバープファルツ地方)から通称アウアーバッハ博士と呼ばれた彼は、1525年この一角に地下酒場「アウアーバッハス・ケラー(=アウアーバッハの地下室、の意)」を開きました。ライプツィヒ大学の学生たちで賑わったという同店には1765~68年に法学を専攻した若きゲーテも好んで通ったといい、後年その代表作『ファウスト』の作中にまで登場させたほどです。やがてメードラー・パッサージュ街の建設によってその一部として統合・拡張され、レストランへの階段の下り口には同作における「アウアーバッハス・ケラー」の場面をかたどった銅像が設置されました。廊外から見て左側のファウスト博士の靴に触れると幸せが訪れるといわれています。またブランドショップの並ぶアーケードの奥にはかつての磁器取引を彷彿とさせるマイセン焼の組鐘があり、毎正時に優しい音色を響かせています。


ライプツィヒはゲーテがまさに「アウアーバッハス・ケラー」の場面で「小パリ(Klein-Paris)」と描写したように、メードラー・パッサージュ街以外にもパリを思わせるパッサージュ街が縱橫に貫き、それらを巡る街歩きを楽しむことができます。
パッサージュ街/ホーフ商館】のページへ
 
 
マイセン焼の組鐘
所在地
Grimmaische Str. 2-4, 04109 Leipzig
(中心街)

入口
グリンマ通り(Grimmaische Straße)、及びノイマルクト通り(Neumarkt)沿い

最寄り停留所・鉄道駅
► Markt(マルクト):バス89番
► Leipzig Markt(ライプツィヒ・マルクト):都市鉄道(Sバーン)各線

公式サイト
http://www.maedlerpassage.de