Leipzig Tourismus und Marketing GmbH

Augustusplatz 9, D-04109 Leipzig
 
Stand / Druckdatum: 07.12.2016

Thomaskirche | Leipzig Tourismus und Marketing GmbH

 

 
 
 
 
 
 
 
 
   
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観光案内~ライプツィヒ発見    音楽    トーマス教会
 

トーマス教会
Thomaskirche

ニコライ教会とトーマス教会は、ライプツィヒの2つの主要教会として歴史上信仰と音楽の分野における重要な役割を果たしてきました。中でもトーマス教会は作曲家ヨハン・セバスチャン・バッハゆかりの場所、そしてトーマス教会少年合唱団の活動の舞台として世界的に知られています。

創建は1212年のトーマス修道院設立まで遡り、同時期に創設された少年合唱団は教会と共にその歴史を歩んできました。現在の建物は1496年に献堂されたもので、マルティン・ルターは1539年の聖霊降臨日に説教を行い、教会はプロテスタント・ルター派としてその信念を脈々と受け継ぎ、熱心なルター派信徒であったバッハは1723年から死を迎える1750年まで市の音楽活動を統括するトーマス教会音楽監督(トーマスカントル)を務めました。バッハは少年たちの音楽指導にあたりながら数々の傑作を書き上げ、その代表作、かつ西洋音楽史上の最高峰といわれる『マタイ受難曲』も当教会で1727年に初演されました。

教会の内外を彩る装飾は時代ごとに改められ、現在に見るネオ・ゴシック様式となったのは1889年のことです。後方のロマン派様式のパイプオルガンはこの時設置されました。またバッハの墓は旧埋葬地が第二次大戦の空爆で破壊されたため、1949年からトーマス教会内陣に置かれています。バッハ演奏の大家として一時代を築いたカール・リヒターも、ライプツィヒ音楽院に学んだ後ここでオルガニストを務めました。
 
 
2000年の全面的な修復の際に新設されたバロック様式のバッハ・オルガン(祭壇に向かって左上)にはバッハの生きた18世紀ドイツ中部地方におけるパイプオルガンの音色が再現されており、その正面の窓にはバッハのステンドグラスが輝いています。これら身廊のステンドグラスはライプツィヒ史を反映するものとして19世紀末から順次取り付けられ、現在は左から順に第一次世界大戦、スウェーデン国王グスタフ2世アドルフ(三十年戦争)、前述のヨハン・セバスチャン・バッハ、マルティン・ルターと宗教改革、作曲家フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ、皇帝ヴィルヘルム1世(ドイツ帝国成立)、そして東ドイツ平和革命の記憶を伝えるものが並びます。

教会南側の小広場には1908年に彫刻家カール・ゼフナーによって制作されたバッハ像があり、ライプツィヒで最も有名な記念撮影スポットとなっています。この銅像にはオルガンの前に立って中衣のボタンを1つ外し、その中から指揮をするための丸めた楽譜を取り出すというトーマスカントルの姿が象徴されています。

またそこから西側に少し離れた環状大通り沿いの緑地には、上記のステンドグラスにも描かれた作曲家・メンデルスゾーンによって1843年に寄贈された石製の「旧バッハ像」が木陰に佇んでいます。そして旧バッハ像の見つめる視線の延長線上、トーマス教会正面にはメンデルスゾーン自身の像もあります。こちらは1892年に当時のゲヴァントハウス・コンサートホール前に建立されたもので、ナチスドイツ時代にユダヤ系の出自であることを理由に撤去・破壊された後、2008年になって教会前に新たに復原されました。メンデルスゾーンはライプツィヒにてゲヴァントハウス管弦楽団を率いただけでなく、当教会では『交響曲第2番「讃歌」』を初演し、そして忘れられようとしていたバッハの音楽を今日の評価へと蘇らせたことから、この場所にはメンデルスゾーンの偉業も同時に讃えられているのです。
 
 
バッハの墓
※当サイトでは英語式の「トーマス教会(St. Thomas Church)」「トーマス教会少年合唱団(St. Thomas Boys Choir)」ではなく、語頭に「聖」を付けないドイツ語式の「トーマス教会(Thomaskirche)」「トーマス教会少年合唱団(Thomanerchor)」という表記を用いる。ニコライ教会も同様。またトーマス教会はプロテスタント・ルター派であり、ここで行われる礼拝のことをカトリック用語の「ミサ」と呼ぶのは誤り。


所在地
Thomaskirchhof 18, 04109 Leipzig
(中心街)

最寄り停留所・鉄道駅
► Thomaskirche(トーマスキルヒェ):路面電車9号線 / バス89番
または
► Leipzig Markt(ライプツィヒ・マルクト)・南口にあたるグリンマ通り出口(Ausgang Grimmaische Straße):都市鉄道(Sバーン)各線 も利用可

拝観時間
毎日9:00~18:00(特別礼拝やコンサートなどの例外あり)
入口はバッハ像左右の扉、正面は普段閉鎖

拝観無料

トーマス教会少年合唱団によるモテット・カンタータ公演(礼拝形式)
毎週金曜18:00 / 土曜15:00~(学校休暇・演奏旅行期間を除く)
プログラム料 2ユーロ

個人・団体とも予約不可
それぞれ45分前開場

金曜:約60分間。各時代のモテット作品をはじめとするアカペラ音楽中心。公演場所は正面内陣。
土曜:約75分間。原則としてゲヴァントハウス管弦楽団の古楽伴奏によるバッハのカンタータが歌われる。公演場所は背面2階のパイプオルガン前。

教会塔ツアー
4~11月のみ
土曜13:00 / 14:00 / 16:30~
日曜14:00 / 15:00~
見学料 2ユーロ
集合場所はバッハ像右奥の塔の直下

トーマス・ショップ(絵葉書・CD・バッハ記念品など)
月~土曜10:00~18:00
日曜11:00~18:00

お問合わせ先
Tel.: +49 (0)341-22224-115
Fax: +49 (0)341-22224-105
トーマス教会 http://www.thomaskirche.org
トーマス教会少年合唱団 http://www.leipzig-online.de/thomanerchor
 
 
 
 
 
 

◆ライプツィヒ物知り事典1

トーマス教会少年合唱団
Thomanerchor

トーマス教会少年合唱団はライプツィヒの音楽遺産の中で最も古く、その歴史は1212年にアウグスチノ会トーマス修道院と附属のトーマス学校が設立されたことに始まる。トーマス学校は一種の児童養護施設であり、聖職者養成を目的に貧しい家庭の少年たちに教育を施し、そして少年たちは修道院の典礼における聖歌を歌うことによって奉仕するという役目を負っていた。こうした背景から、この少年聖歌隊はトーマス修道院、後のトーマス教会を拠点とする合唱団として発達していった。

トーマス教会に加えライプツィヒ市民にとってとりわけ信仰の中心となったニコライ教会における奉唱など、合唱団は何世紀にもわたって教会内外での重要な任務をこなしてゆくことになる。合唱団を指導するトーマス教会音楽監督はトーマスカントル(Thomaskantor)と呼ばれ、15世紀前半からは各時代の高名な音楽家がその座に就くようになった。

マルティン・ルター本人によって始められたライプツィヒの宗教改革・プロテスタント化は合唱団にとっても大きな転機となった。これによってトーマス修道院は解散しプロテスタント・ルター派(ルーテル教会)のトーマス教会となり、トーマス学校は新たに市立寄宿学校に、合唱団も市有のものとなる。またルター派は教会音楽・合唱曲を特に重視したことによってトーマス教会少年合唱団の音楽団体としての方向性が定まってゆく。やがてそこにヨハン・セバスチャン・バッハというプロテスタント音楽を集大成する偉大なトーマスカントルが現れたのだった。

歴代のトーマスカントルはトーマス学校の音楽教師であったほか、ライプツィヒにおける教会音楽・市参事会音楽・大学音楽の3つを統括する「ライプツィヒ市音楽総監督」ともいうべき役割を担ったゆえ、しばしば市の音楽全般に責任を負わなければならなかった。少年たちは当地の各教会における礼拝での奉唱以外にも、市の専属合唱団として高位な人々に対してはそれ相応の歓迎を行い、裕福な市民の冠婚葬祭においては花を添える役割を果たしていた。18世紀に入っても当時の団員たちはほとんどが貧しい家庭の出身で、来る日も来る日も街を歩きまわって行事や道端で歌っては人々から浄財を得ることで生活していた。やがて19世紀に入ると、ヨーロッパを代表する音楽の街ライプツィヒにおける歴史ある合唱団として人々に注目されるようになる。この時代、フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディやヨハネス・ブラームスも、辞退はしたものの伝統あるトーマスカントルの候補に指名された。

そして20世紀になって公演の機会が増やされ、日曜朝のトーマス教会の礼拝を守ることに加え毎週金曜日と土曜日にモテットやカンタータの演奏が行われるようになった。現在ではトーマス学校で学ぶ9歳から18歳まで約100人の少年たちが所属し、トーマス教会での毎週の礼拝や教会行事ごとのコンサートのほか世界各国で公演を行っている。このようにしてトーマス教会少年合唱団は今や世界屈指の少年合唱団へと成長した。東ドイツ時代の1975年には初めての日本公演を行い、それ以来数年に一度の来日を果たしている。2012年には創設800周年を迎え、年間を通して数々の祝典コンサートが盛大に開催された。